20年以上にわたってニューヨークで暮らし、アメリカから日本を、そして世界を観てきたジャーナリスト・北丸雄二さん。そこで得た知見をもとに、「LGBT」で人生を読み解きます。

 世界は新型コロナに震撼しています。感染はどんどん拡大して、前回のコラムで紹介したNBA(全米プロバスケットボール協会)で最初にカムアウトしたゲイの元スター選手ジェイソン・コリンズもパートナーとともに新型コロナに感染したというニュースが飛び込んできました。3月初めにニューヨークに行って、NBAのブルックリン・ネッツの「プライド・ナイト(これも前回で紹介したLGBTQのファンたちのための試合)」の会場で感染したようだと言っています。快方に向かっているとは言いますが、世界中の大都市がこのウイルス感染を恐れてロックダウン状態です。


 そんな中で「アメリカ演劇界の吟遊詩人」と言われたテレンス・マクナーリー(Terrence McNally)までもが3月24日、新型コロナ・ウイルスによる合併症で避寒先のフロリダの病院で亡くなりました。


 マクナーリーは60年近くにわたってアメリカやイギリスのブロードウェイなどで活躍したオープンリー・ゲイの劇作家で、彼ほどブロードウェイにゲイ男性の役を登場させた作家はいません。演劇界のアカデミー賞とされるトニー賞の常連でもあり、マヌエル・プイグ原作の『蜘蛛女のキス』(1992年)や『ラグタイム』(1996年)で最優秀ミュージカル脚本賞、エイズの時代のゲイ男性たちの友情を描いた『Love! Valour! Compassion!(愛! 勇気! 同情!)』(1994年)や引退したマリア・カラスの公開レッスンから彼女の人生をたどる『マスター・クラス』(1995年)では最優秀作品賞を受賞、昨年は功労賞も受けた重鎮でした。


 81歳という高齢でしたが、2001年に肺がんを患ったこともあって、以降、慢性呼吸器疾患の状態だったところに今回の新型コロナに感染してしまったようです。2003年、彼は舞台プロデューサーで非営利AIDS団体の公民権弁護士だったトム・カーダヒー(Tom Kirdahy)とヴァーモント州でシヴィル・ユニオンを結んで以来共に暮らしていました。2010年にワシントンDCで同性婚が認められた際にはそこで結婚し、2015年、連邦最高裁判決によってついに全米で結婚の平等が決まった際に再度ニューヨークで結婚の誓いを新たにしていました。




 90年代末に、彼にインタビューを申し込んだことがあります。私は『Love! Valour! Compassion!』を観て彼のファンになっていました。ワシントン・スクエアにほど近いニューヨーク五番街の自宅に招かれると、穏やかな紳士はコンドミニアムの落ち着いた書斎でゆっくりと演劇のこと、政治のこと、そして彼の時代にめまぐるしく移り変わったゲイであることの意味を私に話してくれました。


 彼は1938年11月にフロリダで生まれました。両親の海辺のバー・レストランがハリケーンでやられてニューヨークに引っ越し、その後、テキサス州コーパス・クリスティで少年期を過ごします(この町の名はラテン語で「キリストの体=聖体」という意味です。のちに彼は、キリストとその12人の使徒たちを現代のコーパス・クリスティに生きるホモセクシュアルな集団として描き直した問題作『Corpus Christi』を1997年に発表します)。
劇作を始めたのはニューヨークのコロンビア大学奨学生になってからです。その時に俳優養成所「アクターズ・スタジオ」の創設者エリア・カザン(『欲望という名の電車』『セールスマンの死』『エデンの東』『草原の輝き』などの演出家、監督)と知り合い、その彼がジョン・スタインベック(『二十日鼠と人間』『怒りの葡萄』『エデンの東』のノーベル文学賞作家)にも紹介してくれて、一家の世界一周クルーズに同行して子どもたちの家庭教師を務めたりもしたそうです。

 
もう1人、まだ学生だった1959年には『ヴァージニア・ウルフなんか怖くない』(1962年)の10歳年上の作家エドワード・オールビー(Edward Albee)とも知り合い、4年間にわたって同棲生活を送りました。『ヴァージニア・ウルフ〜』は、実は多分にこの2人の関係をヘテロセクシュアルの夫婦に置き換えたものだと言われています。つまり、とてもフラストレーションの溜まる関係です。マクナーリーは、オールビーが自分の同性愛を隠すことが嫌だったのです。「芝居の初日とか新聞記者が大勢周りにいるときなんかにぼくは透明人間になった。それは間違っていると知っていた。そんなふうに生きるのはすごく大変だって」。2人はそうしてついに別れます。


 次に彼が付き合ったのは3歳年上のブロードウェイ俳優だったロバート・ドリヴァス(Robert Drivas)でした。同じころ、ブロードウェイでやっと自身のデビュー作『And Things That Go Bump in the Night(そして夜中にぶつかる事ども)』(1965年)も上演されます。何かに怯えて地下室で生活する家族の近未来的ディストピア作品で、このデビュー作ですらバイセクシュアルとクロスドレッサー(異性装)の2人の登場人物間のロマンスが書かれています。けれど、というか、だからこそ、というか、評論家の評価は散々でした。タブロイドのニューズデイ紙は「醜悪で倒錯的で悪趣味」と書き、またある評論家は「親はゆりかごにいるうちに彼を窒息死させるべきだった」とまで言ったそうです。これは3週間で幕を閉じました。彼は自分の作品が「オールビーのボーイフレンドが書いたもの」としてしか見られていないことを知っていました。時代の「ホモフォビア」が作品そのものの評価を覆っていたのです。




 時代時代の同性愛嫌悪がどのようにアメリカの演劇界、映画界を覆っていたかは、ドキュメンタリー映画『セルロイド・クローゼット』(1995年)に詳しく暴かれています。これはACT UPの活動家でもあったヴィト・ルッソ(Vito Russo)のリサーチが原作の、目からウロコの大変な労作です(*参考サイト: https://asajp.at.webry.info/201209/article_3.html )。ハリウッドを中心に100作以上が俎上に上っていますが、例えば『ミッドナイト・エクスプレス』(1978年)では原作にあるホモセクシュアルのシーンが微妙に回避され、『去年の夏、突然に』(1959年)でも『羊たちの沈黙』(1991年)でも同性愛者は八つ裂きにされたり射殺されたりします。異性愛社会はそうやって「社会秩序」「家庭秩序」を取り戻すのです。


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