さて、今回は同性婚が法制化された後の世界の小説をご紹介したいと思います。同性婚が法制化された世界のヤングアダルトや児童小説はよく見かけますが、結婚なんて自分には関係ないと思っていた大人が、同性婚できる世界をどう生きるかという作品は、まだ珍しいと思います。アンドリュー・ショーン・グリア『レス』(早川書房)は、8月に発売された真新しい作品です。
アメリカの新聞や出版物に与えられる賞、ピュリッツァー賞の文学部門を受賞した作品。翻訳は、ノーベル文学賞候補になるような偉大な作家の作品を翻訳してきた、学習院大学の上岡伸雄先生。この作品については、先生ご自身の簡潔でわかりやすい「訳者あとがき」で重要な点はだいたいわかるので、わざわざ私が言わなくても良いのだが、まあ、一応書いておこう。
あらすじはこんな感じ。主人公は、一度は賞をもらったこともあるけどそれからはあんまり売れていない小説家のアーサー・レス、49歳。数ヵ月前に別れた恋人フレディ・ペルーから、結婚式の招待状をもらった。日付は、自身の50歳の誕生日の間近である。悩んだ末に、レスは「残念だが忙しいので結婚式に出られない」という理由のために、仕事を入れまくる。普段なら断る交通費だけの依頼も、海外のイベントへの招待も、とにかく片っ端から受ける。サンフランシスコの家から、ニューヨーク、メキシコ、イタリア、ドイツ、フランス、モロッコ、インド、日本(京都)を旅して、逃げ回る!
この小説は、帯にも、出版社のあらすじ紹介にも、ゲイだとか同性愛者だとかそういう言葉は出てきません。では、まったくゲイであることがこの物語に関係ないのかというと、そうではないのです。最初から最後まで、ゲイの話。レスは自分のことを、「年を取った最初の同性愛者である」と言っています。レスが、フレディ以前に真剣に恋した偉大な詩人ロバートは、一度女性と結婚をしています。ロバート以外に、50歳以上の友人はいません。レスの同年代の友人たちは、皆、エイズで亡くなっているのです。自分自身のことを、老いを探索する、唯一の男性同性愛者であると感じているのです。
とにかく必死なおじさんの姿に大爆笑しながら、過去を反省し、老いと未来について考える小説です。過去の恋愛をめちゃめちゃ引きずっていて、あの時の発言いけなかったのかとか、あれを我慢してたら良かったのかとか旅先でぐるぐる考えます。そして友人たちの離別や離婚、復縁を目の当たりにして、え? そんな理由で? というか、それ理由になってないよね? えー、人生って何? と、読んでいる私も主人公と一緒に考え込んでしまいます。
最後はあまりにもハッピーエンド。安心してお読みください。
ゲイだからと言うことで悩むことがなく、カミングアウトが一大事件じゃなくて、仕事関係者への説明も考えなくてよくて、誰からも祝福される結婚が自分もできるようになると、こんな世界が待っているんだ……、と少し世界に置いてかれているような気分です。日本でもすぐに、こういう世界が見られるでしょう。こういう物語がたくさん生まれることを望んでいます。
レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、ノンセクシャル、アセクシャル など、セクシャル・マイノリティと呼ばれる人々が登場する小説を応援する会、読書サロンを主宰。月に1回、都内で読書会を開催。