「ジェンダーSF」はその名の通りですが、特に妊娠出産に関する科学技術が発展し、女性が産まなくても機械が子供を創る世界や、男性が妊娠できる世界、同性同士の遺伝子を受け継いだ子供ができる世界などなど、数多くの小説が書かれてきました。日本国内では、ジェンダーSFに特化した賞「Sense of Gender賞」があり、小説や漫画、映画、BL作品など幅広いコンテンツが受賞しています。
「スペキュレイティブ・フィクション」は、特にジェンダーに特化した作品ばかりというわけではないのですが、神話や歴史といった人々の価値観から創作するジャンルです。多くの場合、神話には男女の役割などが提示されますので、現代社会とは違うジェンダー観の世界を描くことになります。
例えば、マーガレット・アトウッド『侍女の物語』(ハヤカワ書房)は、キリスト教原理主義者がクーデターによって創ったギレアデ共和国という架空の国が舞台です。環境汚染と子供の先天的な病気が深刻な問題となった近未来で、女性は子供を産む道具として扱われます。ある日、女性の銀行口座が凍結され、親族の男性に財産管理される事になります。女性には職業選択の自由が無くなり、突然職場を追われます。そして、文字を書いたり読んだりすることを禁止されます。健康な子供が産める女性は妊娠出産のために政府に管理され、さまざまな要人の家に交代で派遣されます。子供が産めない女性は女中として要人の家に住み込みます。しかし、そんなギレアデ共和国にも、レズビアンは居るのです。そしてレズビアンたちの抵抗が、主人公の心の拠り所となるのです。本書は1985年に刊行されましたが、今年、続編『The Testaments』が刊行されブッカー賞を受賞したことも話題になりました。日本でも、来年、翻訳出版される予定です。楽しみですね!
そして、決して外すことができないのが、アーシュラ・K・ル・グィン『闇の左手』(ハヤカワ書房)です。たぶん『ゲド戦記』の方が有名な作家だと思いますが、是非こちらも読んで!
主人公の地球人(黒人男性)は、遠く離れた惑星ゲセンに外交官として訪れていましたが、ゲセン人の中での権力争いに巻き込まれ、侵入者として追放されます。失脚したゲセン人とともに、帰国を企てますが、惑星ゲセンは氷河期の真っ最中でほとんどが雪に閉ざされています。そしてゲセン人は両性具有で、身体の条件や時期によって男性になったり女性になったりします。加えて、ゲセン人は、地球人には理解できないようなところで怒ったり喜んだりする、異文化の人々です。性別よりも厚い「文化」という壁を越えて、二人は生き残るために協力します。
LGBT同士だからって誰とでも仲良くなれるわけではありませんし、ましてやLGBTだからって一括りにされても困ります。LGBTだからって同じ価値観であるわけではないのです。ですが、この物語は、価値観の違う人がお互いを尊重して共存できるという未来の希望を描いているように思います。深い理解はできないかもしれないし自分の価値観もきっと変わらないけれど、一人の人間ときちんと向き合えば、コミュニケーションと協力はできる。
自分と似たような価値観の人たちと簡単に出会うことができる今だからこそ、まったく理解できない人たちと協力する物語が、今までよりも貴重になり、示唆するものが多くなっていると、私は思います。