みなさんは、オランダと聞くと何を思い出しますか? チューリップ、風車、チーズ、ハイネケンビール、それともLGBTフレンドリーなお国柄でしょうか? 2010年、私は大学院へ留学するためにオランダに引っ越してきました。大学院の選択肢も、フランス、イギリス、スペイン、ドイツ、ベルギーといくつかありましたが、オランダに来ることに迷いはありませんでした。オランダ留学を長年夢見てきたわけではありませんでしたが、いざ大学院に行こうと決心したときには、「同性婚が合法化されていて、なんだかLGBTのパラダイスなイメージがある」、そんなオランダで勉強してみたいと考えたのです。
私が初めてアムステルダムに来たのは2009年の春のことです。まだ肌寒い風を感じながら、「ああ、ここがアムステルダムか……」と感慨深く感じたことを覚えています。アムステルダムの市内は複数の運河が整備されていて、半日あれば徒歩でも街を巡れる規模です。ドキドキしながら街を散策すると、いたるところにレインボーの旗がなびいていました。別に私のために出された旗でもないのに、勝手に嬉しく感じた記憶があります。ふらりと入ったバーで一人ビールを飲んでいると、隣に座っていた女の子同士が何かささやきあったり、笑ったりしています。そして、熱いキスを交わしたりするわけです。なんだかいたたまれなくなり、視線をそらすと、向こうの席では男の子たちが熱い抱擁をしながらダンス。時間は午後3時。「これがアムステルダムか……」。一人さびしくビールを飲み終えて、ドラァグクィーンのバーテンダーにお金を払って店を出ました。
2010年に大学院に入学しましたが、私のコース(MBA)は145名で、その出身国は35か国にものぼる多国籍クラスでした。私を含め4人が日本から留学していました。どこから来たの? 大学では何を勉強したの? 結婚してるの? 子供はいるの? いろいろな質問をされます。日本でも比較的オープンにカミングアウトしていたこともあり、また当時私には彼女がいたこともあり、「彼女がいるんだよ」と言うと、「あ、そうなんだ。彼女はオランダ人?」「一緒に来てるの?」と、普通に会話が進んでいきます。隠す必要もないし、嘘をつく必要もない。こんなささいな、普通の会話が進むことに、居心地の良さを感じました。私のほかにもう一人、ゲイの男の子がいましたが、彼も同様にオープンでした。彼はボーイフレンドを探していたので、「どこかにいい出会いがないかな~」とみんなに聞いて回っていましたが、「俺、ゲイじゃないから分かんないな~」と、ここでも会話がスムーズに進みます。オランダ人の同級生に聞いたところ、「うーん、オランダにはもちろんゲイバーもあるんだけど、あえてそこじゃなくて、普通のバーに行くんじゃないかな。ゲイだからって、ゲイバーにだけ行く必要ないじゃん?」というもっともな意見が返ってきました。
同級生の中には保守的な国や地域から来ていた学生もいました。いろいろな意味で同性愛を受け入れられない学生もいたかもしれません。インド人の同級生にも何度か同性愛についていろいろ聞かれました。はじめは面倒くさいな、という気もしたのですが、批判的にというよりは純粋に「理解したい」という気持ちが感じられたので、いろいろな質問にも答えました。1年間の大学院生活の中で、私は同性愛者だから、という理由で差別的なことを言われたり、感じたりするような経験は幸いにもありませんでした。留学中に彼女がアメリカからオランダに遊びに来たときは同級生にも紹介したり、一緒に食事をする機会もありました。そこには、同性愛者・異性愛者の壁はなく、ごくごく自然にそういった流れになったことを覚えています。
大学院卒業後に就職した企業では、4人いたマネージメントのうちの2人がゲイ(男性)という環境でした。就職前に彼女とワシントンDCで結婚していたこともあり、就職面接の際には「アメリカ人の妻がいるが、ビザは出るのか」(どちらかといえば移民局への質問ですが)とか、話しの流れの中で妻の存在について触れることもありました。その会社には6年ほど勤務しましたが、なにせマネージメントがゲイの男性ということもあり、職場もオープンな雰囲気で、恵まれた環境だったと思います。
男性同士がキスをしていようとも、女性同士が手をつないで歩いていようとも、上半身裸でレザーパンツを履いて闊歩するゲイボーイがいても、誰もじろじろ見ない街、アムステルダムに住んで7年。2010年にワシントンDCでアメリカ人の女性と結婚して、2015年には娘も生まれました。2011年に妻がアムステルダムに引っ越してきたときには、アメリカで発行された結婚証明書を市役所に提出する必要があったので、ちょっとドキドキしながら「あの~、同性結婚なんですけど」と書類を出したところ、「?」という表情をされ、「同性でも異性でも書いていただく書類は一緒ですが?(何か?)」。同性愛者だからといって「特別扱い」はないですよ、と正された気がして、恥ずかしく思った記憶があります。
オランダに引っ越して8年。毎日を子育てや勉強で忙しく過ごしているので、日々日々、「レズビアンとして普通に暮らすって、どんな感じだろう」と考えたりすることはめったにありません。しかしそれはむしろ、自分の属性(性別、性的指向、国籍、人種など)によって差別的な扱いを受けず、それらについて臆することなく生活できている証明でもあります。もちろん、オランダでも様々な差別は存在します。LGBTの青少年が学校でいじめにあう、人種間の小競り合いや差別的な扱い、こういった問題がない国はないはずです。
日本にいたときは、「在日で、かつレズビアンである自分」を意識することが多くありました。日本でも家族や友人、職場ではカミングアウトしていたという状況にはありましたが、どこかで壁を作ったり、ガードを固める自分がいたような気がします。それに比べると、オランダに引っ越してきてからというもの、そのガードがガクっと下がりました。これは私が生活する環境の同性愛者への理解(それに必ずしも賛同するという意味ではなく、そういう人たちがいる、という意味での理解)、社会制度の成熟度(同性愛者のための制度ではなく、誰もが平等に受ける扱い)、そして何より、いじめや差別という課題はまだあるけれど、同性愛者が社会の一員として生活している事実が関係していると思われます。
これから毎月、オランダ生活で経験した「これが普通ってことか!」という体験をみなさんと共有していきたいと思います。学生生活、職場での経験、子供ができてからの体験など、いくつかのライフステージで感じた驚きを共有することで、少しでも日本で生活するLGBTのみなさんのこれからの生活が、より実りあるものになることを願っています。こんなことが知りたい、あんなことが知りたいという質問も大歓迎です。その疑問・質問にも答えていきたいと思います。
東京都台東区出身。2009年にエラスムス大学大学院留学のためオランダに移住。
2010年に同性パートナーとワシントンDC(アメリカ)で結婚。現在アムステルダム在住。2歳9か月になる娘の子育てに奮闘しつつ、アムステルダム自由大学大学院にてHRマネージメントを勉強中。