2010年にオランダに来ないで、日本で暮らしていたままだったら私はカミングアウトしただろうか? 妻の後押し(というより強力なプレッシャー)がなかったら、どうだっただろうかなどと考えることもあります。タイミングは遅かったけれど、父に自分がどういう人かを伝えられたことで、心の荷も下りました。読者の方の中にも、お父さんやお母さん、兄弟・姉妹へのカミングアウトについて考えては怖気づき、やはり無理だ……と考えている方もいるかもしれません。私が30歳を過ぎてまでしても払しょくできなかった父へのカミングアウトへの恐れ。その根源は「否定されるであろう」という恐怖にありました。否定される前に電話を切りましたが!(笑)

カミングアウトのタイミングに正解はありません。私は現在、大学院の修士論文を書いていますが、テーマはLGBTQの会社員たちが職場で経験する同僚との関係性です。研究を進める中で、一人のレズビアンの方が言いました。「自分の父は神父で、自分も教会で育った。レズビアンだなんて言える雰囲気じゃなかった。でも耐えられず、20代後半でカミングアウトした。だけど、今の会社にもっと早く勤めていたら、カミングアウトも早くできてたかもしれない」。私がインタビューしたLGBTQの方々は、ある大手企業に勤めていて、この企業は「Diversity and Inclusion」をとても尊重したポリシーを持つ会社です。周囲に理解がある人がいることで、カミングアウトもしやすくなる、という学術的な研究結果は出ています。さらに、ゲイである、レスビアンである、ということを隠すには、好きな映画、漫画、タレント、イベントなど、さまざまなウソをつく必要もあります。そうすることでの精神的な負担は想像以上に苦しみをもたらします。

今、カミングアウトができずに苦しんでいる人は、まずは身近に相談できる友達や知り合い、ソーシャルメディアでつながれる人たちに少しでも話してみてはいかがでしょうか? 「練習」というには酷かもしれませんが、カミングアウトも、「慣れ」です。家族だとハードルが高いのであれば、友達。それでもハードルが高いと感じるなら、ソーシャルメディアでつながれる、同じ悩みを共有できる人とチャットしてみる、というのも一つの手かもしれません。私が二十歳のころ、新宿二丁目に一人で行く勇気がなく、当時あったチャットのサイトで一緒に行ってくれる人を探したりしていました(ああ、懐かしい)。

オランダに来たことで、自分がそんなに異色の人間ではないと気付き、周囲もそんなふうに扱わない環境があったからこそ、また妻の後押しがあったからこそ、父にカミングアウトができたのかもしれません。この連載を読むみなさんに、それぞれの人生があり、それぞれのストーリーがあると思います。みなさん一人一人が主役であり、そのストーリーを作り上げるクリエーターでもあります。人生は一度きり。思い切って、自分が生きたいように生きる勇気が持てるよう、願っています!

レズビアンの友達の結婚式の引き出物

■金 由梨
東京都台東区出身。2009年にエラスムス大学大学院留学のためオランダに移住。
2010年に同性パートナーとワシントンDC(アメリカ)で結婚。現在アムステルダム在住。3歳になる娘の子育てに奮闘しつつ、アムステルダム自由大学大学院にてHRマネージメントを勉強中。
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