3つの最終法案
前述のように最終段階で立法院には以下3つの法案が提出された。
(1)ひとつは蔡英文総統の意を受けて、行政院長(首相)の蘇貞昌氏が取りまとめた行政院の同性婚法案(行政院案)。
(2)キリスト教や子どもをもつ親の団体などの反対派の意を受け、国民党の立法委員、頼士葆氏を中心に提出された同性家族法案(イエ法案)。
(3)両案を折衷するものとして民進党の立法委員、林岱樺氏を中心に提出された同性ユニオン法案(ユニオン法案)。
(1)は2018年11月24日実施の国民投票で示された民法改正ではなく、特別法によるという民意と、748号解釈で示された同性間にも結婚の自由を保障せよとの憲法解釈の双方を満足させるべく、考案された苦肉の案であった。司法院釈字第748号解釈施行法という一見、技術的で無機質な用語を用いたのは、反対派を刺激しないように法案の名称で「結婚」の2文字を使うことを避けるためであった。2月に立法院に提出されたときには、第1条で「婚姻の自由に対する平等な保護を達成する」という法の目的、第2条に「同性婚姻関係」という用語があったが、ともに裁決直前になって自主的に削除・修正された。反対派の抵抗を和らげ、法案の採択を優先するための妥協に他ならない。その代わりに、第4条に戸政機関においてなされる登録が、「結婚登録」であることを明記することで、本法が成立させる関係が「結婚」であることをはっきりさせた。内容的には譲歩することなく、腰を低くしてなんとかハードルをくぐろうとしたのである。
(2)は同性の両名の間に民法1122条に規定する永続的な共同生活を目的とした「家属」(イエ)を成立させることで、一定の法的な関係を形成させようとするもので、「国民投票第12号施行法」と称する。第1条では「性別を同じくする両名が永続的な共同生活を営むことを目的として、同性家族関係を成立させることを保障し、もって家族を形成する権利を具体化するため」と法の目的を規定する。同性家族には民法1123条[*3]の「イエ」の規定が準用され、戸籍への登録もなしうるが、相互に扶養義務も相続権も生じない効力の薄い関係を構想していた。748号解釈で示された「婚姻の自由」を「家族を形成する自由」へと読み替え、解釈との整合性を図ろうとしている。しかし、これはかなり強引な読み替えであり、748号解釈と相容れない筋の悪い法案ように思われる。
(3)は(1)と(2)の折衷路線をねらうもので、正式名称は「司法院釈字第748号解釈及び国民投票第12案施行法」と称する。この法案が同性の両名の間に成立させるのは、同性ユニオン(原語は「結合」)という異性間にはない聞き慣れない関係であり、明らかに「結婚」とは異質な法律関係を設定しようとしている。しかしながら、当事者間の関係については、(1)とほぼ同様に民法の異性婚の規定を準用している。例えば、家事債務についての連帯性、夫婦財産制、相互の扶養義務、相続権、民法総則や債権編の夫婦に関する規定である。他方で748号解釈では触れられていない子どもに関する点については、(1)よりも異性婚との差異が大きい。一方の連れ子を他方が養子にすることも認めず、共同で未成年の子に対して約定により父母としての権利義務を負いうるに止まる(21条)。
日本でも同性婚反対の理由として、偽装的な目的に悪用されかねないことを挙げる向きがある。興味深いことに、(3)ではそうした場合に備えて、当事者の三親等以内の血族、検察官、社会福祉管轄庁に関係不成立の確認の訴えを提起することを認めている(8条2項)。夫婦の実質を備えていない者が、偽装的に結婚することは、異性間にもありうるにもかかわらず、同性間の関係についてのみ、このように第三者に否認権を与えるのは、同性愛という性指向に対する差別的な扱いとなろう。
[*3]民法1123条は「イエ」の組織についての規定。イエには家長があり(1項)、非親族でも永続的な共同生活を目的に同居している者は家族と見なすと規定する(3項)。