大法官解釈と国民投票

 2017年5月24日の司法院大法官748号解釈が、同性間に婚姻を成立させていない現行民法を違憲と判断し、法制定ないし改正を関係機関に命じたことで、台湾における同性婚をめぐる論議は完全に決着したかに見えた。2年以内に法改正が行われなければ、現行法にもとづいて同性間の結婚登録を受理することまで命じられていたことから、いずれの方法によるにせよ、遅くとも2019年5月24日までには、同性婚が始まることが確定していた。大法官の憲法解釈は全国のすべての国家機関、国民に拘束力があり、それは憲法と同等の効力をもち、いかなる機関も、いかなる方法によっても、これを覆すことは制度的に不可能とされているからである。つまり、台湾の法秩序においては大法官の解釈は終局的な法的決定なのである。

 ところが、思いがけないことに、同性婚に反対する勢力は国民投票(referendum)をしかけ、民意によってこれを阻止しようとする大逆転作戦を展開することになった。折しも2017 年12月には国民投票法が改正され、国民投票実施に必要な有権者の署名が有権者総数の5%から1・5%(約28万筆)へと大幅に引き下げられた(国民投票法12条1項)。さらに最終的な採択に必要な有効投票数も、有権者の1/2以上から1/4以上(ただし反対票を上回ることが必要)へと引き下げられ(同法29条1項)、「立法原則の創制」にかかる国民投票によって、立法機関に法制定を義務づける国民投票のハードルが大幅に緩和された。これは2016年に政権に返り咲いた民進党が、台湾の独立の可否を国民投票で決する選択肢を確保するために行ったのであったが、意外にも同性婚アンチ派はこれを同性婚阻止に使うという挙に出たのである。

アンチ派による国民投票発動

 2018年1月から「下一代幸福連盟」(Coalition for the Happiness of our Next Generation、下福盟と略称)という団体が中心となって、同性婚の可否を国民投票によって決しようとする運動が始められた。下福盟は2013年くらいから活動を始めたキリスト教関係者を主体とする民間団体で、「家族の価値と次世代の幸せを尊重する愛家団体」と自己規定する。「下一代」とは次世代の意味である。この団体のモットーは「一男一女の自然な婚姻制度、子どもの権利・利益などを維護すること」とされる。キリスト教の教義から出発し、婚姻を男女間に限定することを、家族を愛すること(愛家)、家族の価値、子どもの明るい未来を守ることと結びつけ、幼い子どもを育てる親たちの支持を取り付けようとするところに特徴がある。

 下福盟は、信心希望連盟(2015年発足)、安定力量(2016年発足)といったキリスト教右派によって設立されたアンチ同性愛政党と近い関係にあり、人員が重複し、頻繁に行動をともにしている。信心連盟は立法院の議員選挙に候補者を擁立し、同性婚阻止、健康家族基本法の制定などを目指している。安定力量は2017年に党として明確に同性婚を推進する第3勢力の政党、時代力量の党首、黄国昌議員(新北市選出)の罷免運動を展開するなど(罷免は失敗)、同性婚の阻止を掲げて政界への進出を目指している。

 下福盟は、⑩婚姻の定義、⑪義務教育段階でのLGBT教育の可否、⑫同性カップルの法的保護にかかわる3つの国民投票について署名集めに成功し、10月9日には国民投票の実施が確定した(○の数字は2018年11月24日に実施された国民投票での投票項目番号[*1])。2018年11月24日、統一地方選挙と同時に実施された国民投票にかけられたいわゆる「愛家公投」は、以下のような内容であった(下線は筆者による)。

 ⑩「あなたは民法婚姻の規定を一男一女の結合に限定すべきことに賛成ですか?」
 ⑪「あなたは義務教育段階(中学校および小学校)で、教育部及び各クラスの学校が生徒に対して性別平等教育法施行細則[*2]所定のLGBT教育を実施すべきではないことに賛成ですか?」
 ⑫「あなたは民法婚姻の規定以外のその他の形式によって性別を同じくする二人が永続的に共同生活を送る権利利益を保障することに賛成ですか?」

[*1]LGBTに関係のないテーマを含めて合計9項目の国民投票が実施された。
[*2]性別平等教育法施行細則13条は以下のように規定する。「本法第17条第2項所定の性別平等教育関連のカリキュラムには、情感教育、性教育、LGBT教育などの課程を包括しなければならず、もって生徒の性別平等などの意識を向上させる」。

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