台湾では昨年5月24日から「司法院釈字第748号解釈施行法」(以下、同性婚法という)が施行された。これで同性間でも法律上、婚姻が成立するようになり、いわゆる「婚姻平等」が達成されたとされる。しかし、なお異性間の婚姻との間にはいくつかの重要な違いが残っている。その意味では同性婚はいまも異性婚と完全に「平等」になったわけではなく、台湾におけるLGBTの婚姻平等化運動はゴールのテープを切ったわけではないのである。さらなる平等を実現するために、新たな訴訟も始まろうとしている。今回は今後に残されている解決すべき課題についてまとめてみたい。


特別立法という迂回路のもつ意味

 台湾で最初に設立された専ら多様な家族の法制化実現を目的としたNGOである「台湾伴侶権益推動連盟」(以下、伴侶盟という)は、2012年に多元的家族法案として3つの民法改正案を同時に起草した。それらは婚姻平等化法案、パートナーシップ法案、多人家族法案の3つであった(連載第5回参照)。ここで提案されたパートナーシップ制度とは、同性間に対象を限定するものではなく、性別を問わず利用可能な婚姻とは別類型の親密圏の法制化を目論むものであった。しかし、その後、婚姻平等法案だけが立法院に上程され、ほかの2案は後景へと退いていった。結果として、同性間に婚姻を成立させるための民法改正プロジェクトとして婚姻平等が、当事者運動の中心となっていく。
 台湾の婚姻平等化運動では当事者たちは、一貫して民法の改正による同性間の婚姻承認を求めてきた。同性婚に代えて同性パートナーシップ制度導入を運動の目標に据える、ないしは同性婚に先だってさし当たり同性パートナーシップを制度化することを推進するというスタイルの運動(二段階論)が、可視化されることはほとんどなかったといってよかろう(連載第8回参照))。終始、民法改正によって同性間でも婚姻を成立させることが、目標とされ、特別法の制定はたとえ法的効果が同じだとしても、それはやはり差別であると認識されていた。そのため集会などでは、「民法不修、岐視不休」(民法を改正しない限り、差別はなくならない)と書いたプラカードが見られた。「修」と「休」は原語では同音で掛詞になっている。


「民法を改正しなければ、差別はなくならない」(2016年12月10日、台北での集会)

「人権はディスカウントできない、平等な権利に特別法はダメ」(2016年12月10日、台北での集会)

 これは同性婚の実現という問題が、結婚できないことによる権利や利益の救済という「実益」のレベルの問題群と、二級市民から真っ当な市民への身分引き上げによる尊厳回復という「名分」のレベル問題群の二面からなることを物語る。権利義務の面で平等なものであっても、民法という正面玄関ではなく、特別法という言わば裏口から入るのでは、名分レベルの問題群は解決しないのである。それでは問題は一面しか解決しない。結局、台湾では今回、(国民投票の結果に従ったものだとしても)民法改正ではなく、同性婚法により同性婚が異性婚とは別途法制化されたこと自体が、法形式が平等ではないという意味で、将来に向けての課題を残したものとなっているのである。

 

問題はなぜ残ったのか?

 

 今回の同性婚法では、同性婚/異性婚の間の不平等は法形式の面だけに止まらず、権利義務の内容面にも及ぶ。そもそもどうして最初からかなり深刻な不平等を残したまま法案が採択されてしまったのであろうか。それは大法官釈字748号解釈が法改正(または制定)のために立法機関に与えていた2年の猶予期間が目前に迫ってしまい、じっくり制度の細部を詰め、与野党で協議をし、合意を獲得する余裕がなかったという事情が大きいであろう。同性間の婚姻を規定しない民法には瑕疵があり、違憲であると、大法官解釈が判断したあとも、すなわち終局的な憲法解釈が示されても、同性婚反対派はこれに承服せず、執拗に強い反対運動を続けていた。そのクライマックスが20181124日の国民投票であった(連載第4回参照)。

 法案を立法院に提出する責めを負う行政院は、国民投票の結果を見て、そこで示された民意に従って法案を起草する必要があった。国民投票により民法改正ではなく、特別立法によることが決定したときには、すでにタイムリミットまでわずか半年しか時間は残されていなかった。法案を提出する行政院が同性婚法の草案を行政院の会議で承認したのが、2019221日であった。残り3ヶ月でこの法案を立法院で審議し、採択、施行までこぎつけなければならなかったのである。

 同性間に成立する関係を婚姻とするのか、婚姻以外の新たな類型の家族(例えばパートナーシップなど)とするのかについては、蔡英文総統が同性婚支持を明確にしていたとはいえ、与党・民進党ないし行政院のなかでも意見が一致していなかった。民法など主要な法の制定、改廃を所管する法務部(法務省に相当)は、最後まで同性間に婚姻を成立させることには消極的あった。

 たとえば、法務部は2016年に学者(責任者=林昀嫺・台湾清華大学准教授、共同研究者=黄詩淳・台湾大学准教授)に「同性伴侶法」(同性パートナー法)について研究報告を書かせ、草案の起草を依頼している。20171月に「同性パートナー法制実施の社会的影響と立法建議」と題する報告書がまとめられ、同性パートナー法草案とともに法務部に提出されている2018324日に大法官が開いた口頭弁論では、法務部長(法務大臣)の邱太三氏が出席、民法合憲論を主張し、同性婚に正面から反対する意見を述べている。

 法案採択の直前になっても、立法院には同性婚法に強く反対する議員が論陣を張り、激しい議論が続いていた(連載第2回参照)。同性婚反対派の意を受けた国民党、民進党の立法委員からは、それぞれ同性イエ法案、同性ユニオン法案が提案され、採決に付された。このように大法官解釈により性指向が同性に向く者にも平等に婚姻する自由を保障すべきことを命じられても、根強くその実現に反対する動きが続いていたのである。そのため行政院はともかく同性間に「婚姻」関係を成立させるのがやっとで、内容的には異性婚とは異質な「婚姻」で手を打たざるを得なかったという背景がある。

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