アンチ派国民投票に行政訴訟提起

 国民投票に対しては、伴侶盟と祁威家氏が、投票終了後、アンチ派からの国民投票の申請を認めた中央選挙委員会に対して3つの行政訴訟(⑩⑪⑫に対する)を提起し、この国民投票の効力を打ち消そうとした。しかし、台北高等行政法院は、いずれも原告らには訴えを提起する利益がないので、原告適格がないとして却下している(2019年3月6日107年度訴字第931号、974号、8月8日1023号判決)。婚姻の定義に関する2件は現在も控訴中であるが、勝訴の可能性は低いと見られる。

立憲主義vs.民主主義

 アンチ派は国民投票をしかけることで、憲法裁判所たる大法官の解釈を、多数決によって覆そうと意図したのである。しかし、この国民投票案の文面では、「民法」による同性間の婚姻を排除できたに過ぎなかった。アンチ派の本音では、いかなる意味においても同性間に成立する関係を「婚姻」とはしたくはなかったのであろう。ところが、大法官は同性愛者にも平等に婚姻する権利があることを明言していたために、民法以外の法律による同性婚まで否定することはかなわなかったのである。

 国民投票には、多数決的民主主義と立憲主義のどちらを優先すべきかを問う究極的な意味合いがあった。台湾の法制度としては、多数決によっても否定できない人権は、大法官が守るとされているのである。この点についての国民の間の誤解を解くために、11月29日、大法官書記処は、「全国的国民投票案第10案及び第12案が創制した立法原則が、釈字第748号解釈と抵触することは許されないことに関する本院の説明」を公表した。大法官解釈は憲法と同等の法的効力のレベルにあり、国民投票によって決せられた立法といえども、これに抵触することは許されない。国民投票は大法官解釈を超えることはできないことが再度、強調されていた。司法院長の許宗力も「国民投票は行政と立法を拘束するが、大法官解釈と抵触することはできない」ことを明言した(11月29日)。マイノリティの人権にかかわるテーマは、本来多数決によって決するにはなじまないのである。

 国民投票勝利で勢いを得たアンチ派からの攻勢がますます強まるなか、果たしてどう落としどころを見いだすか、蔡英文政権は厳しい立場に追い込まれた。本連載の第2回で紹介したように、これ以後、大法官解釈と国民投票の結果の両方を満足させる法律を作るための模索が始まったのである。
 次回は、大法官解釈を引き出す背景となった2006年からの同性婚法定に向けた民法改正審議の歴史を振り返ることにする。

■鈴木 賢
1960年北海道生まれ。明治大学法学部教授、北海道大学名誉教授。ゲイの当事者として1989年から札幌で活動を始める。レインボーマーチ札幌を創始。現在「自治体にパートナーシップ制度を求める会」世話人、北海道LGBTネットワーク顧問。
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